遺言書作成、成年後見人、事業承継に伴う相続…
法律家の知恵を借りて“争続”を回避

著者:萬 真知子

、荻島 央江

相続においても事業承継においても、親族間などの争いはよくあるケース。最近は、多額の遺産がある場合ではなくても“争続”に発展するのはよくあることです。そこで、相続と承継それぞれにおいて、どんなときに弁護士に相談すべきなのか、弁護士の業務を踏まえたうえで解説します。

まずは相続。これに関する弁護士の業務の範囲は多岐にわたり、相続税の申告など税理士にしかできない業務を除けば、あらゆることに対応してもらえます。生前と相続発生後に分けて説明していきましょう。

遺言書の作成が最大の紛争防止策

はじめに生前にできる対策について。その一つが遺言書の作成です。遺産相続で揉めそうなら、生前に遺言書を作成しておくことが一番の紛争防止策になります。弁護士に寄せられる相談内容の中でも「揉めないような遺言書を作りたい」という話はよくあります。

ただ、遺言書なら何でもいいとうわけではありません。遺言には、「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」があり、主に利用されているのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類です。どちらも弁護士など専門家の手を借りずに作成することが可能です。自筆証書遺言は、被相続人が単独で作成でき、費用がかかりませんが、実際に相続が始まったときに紛争の火種になりやすいのが難点です。一方、公正証書遺言は、被相続人が証人2人以上とともに公証役場に出かけ、公証人に遺言内容を口述し、公証人が筆記して作成するのが特徴です。

一般的に後からトラブルになりやすいのは自筆証書遺言の場合。というのは、専門家ではないため複数の解釈が生じるような書き方をしてしまうケースがあるからです。そうなると相続開始後に「遺言の解釈を確定させる」というプロセスが一つ加わり、場合によっては訴訟に発展することもあります。遺留分(法定相続人に最低限保障されている遺産の取り分)を侵害する遺言になっている場合もあり、これも紛争のもとです。そもそも法律で定められた要件を満たしていないと遺言が無効になることもあります。相続開始後に揉めたり、遺言が無効になるという事態を避けるには、遺言書の作成を弁護士に依頼するか、公正証書遺言にしたほうがいいでしょう。遺言書の作成の費用はかかりますが、それでトラブルが抑えられるなら高くはないといえそうです。

相続税対策は税理士と連携して

もう一つ、生前の対策として弁護士に依頼できるのが、生前贈与などを活用した相続税対策。相続税対策というと税理士が思い浮かびますが、相続人の間で揉めそうな場合はまず弁護士に相談をするのが一つの手。生前贈与を含む相続税対策をとるかとらないかで、相続税の額が大きく違ってくる場合があることはご存じな方も多いでしょう。ただ、相続時に揉めないようにするには、節税だけに注力するのではなく、それまでの家族のいきさつや遺留分に配慮した財産配分が重要です。そこまで行き届いた対策をとるには、やはり弁護士に依頼することになります。必要に応じて税理士と連携しながら対策を講じる場合もあります。

遺産分割協議書も自分で作成できるけれど…

相続開始後はどんな場面で弁護士が必要になるのでしょう。「生前に遺言書の作成を弁護士に依頼していれば、同じ弁護士が遺言執行者に指定されているのが通例です。遺言書にしたがって手続きを進めれば相続人間のトラブルも生じにくく、穏便に解決するケースが一般的です。専門家が作成した不備のない遺言書は、相続人を納得させやすいようです。

一方、遺言書が自筆証書遺言で内容が不明確だったり、そもそも遺言書がなかったりするケースもあります。その場合でも相続人間で遺産分割協議(遺産を分ける話し合い)がうまくまとまれば、遺産分割協議書を作成して、相続の手続きを進めます。遺産分割協議書は誰でも作成できますが、不備があると不動産の相続登記(名義書換)などができなくなる場合があります。専門家である弁護士に作成を依頼したほうが確実でしょう。

遺産分割で揉めたら早めに弁護士に相談

相続人の間で揉めて遺産分割協議が行き詰まってしまうと、当事者間での解決は難しくなります。いわゆる“争続”という段階に入ってしまうので、遺産分割協議の代理人として弁護士を立てたほうがいいでしょう。争いに発展する前に弁護士が入れば、争いの傷口を広げずに済むこともあります。時間が経過するほど紛争が拡大し、解決までに時間がかかって大変なことになってしまうので要注意です。

相続税の申告期限は相続開始後10カ月と短いため、期限内に終わらなくなることもしばしばあります。その場合、法定相続分で未分割の申告をしたうえで、紛争が解決したら修正申告をするという流れになり、2回の手続きが必要になります。紛争解決には、話し合いを経て任意の交渉で話をまとめる場合と、それが難しければ家庭裁判所の調停に持ち込む場合があります。調停でまとまらなければ審判に進み、最終的には裁判官が遺産の分け方を決めます。

調停までいくと10カ月では終わらず、申し立てから1~2年はかかるのが通例です。中には解決までに5年以上かかったケースもあるそうです。相続税を大幅に引き下げる特例として「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」があります。未分割の申告をした場合、これらの特例は申告期限(相続開始後10カ月)から3年以内に分割が整えば受けられますが、3年を超えると受けられなくなります。紛争が長引くとそうした不利益を被ることにもなるのです。

ほかにも、相続での弁護士の役割も挙げておきましょう。相続人の中に認知症などで本人に意思能力のない人がいる場合、法定相続分を確保するために成年後見人を立てる必要があります。その際、弁護士が成年後見人に選任されることがあります。

揉め事がなければ司法書士や行政書士に依頼も

弁護士のほかに、司法書士と行政書士も相続の業務が行えます。司法書士の専門は不動産を相続した場合に必要になる「相続登記」。これは不動産の名義変更のことです。司法書士は遺言書や遺産分割協議書の作成もできますが、相続人の間に紛争が起こりそうな場合は弁護士に依頼しましょう。ただし、140万円までなら司法書士が遺産分割協議書の代理交渉をできます。

行政書士も遺言書や遺産分割協議書を作成できます。相続人の間で紛争が起こりそうな場合は司法書士の場合と同様です。遺言書や遺産分割協議書の作成は、弁護士に依頼するより司法書士や行政書士に依頼したほうが一般的に費用が安いので、相続人の間のトラブルがない場合には選択肢になります。

なお、司法書士も行政書士も成年後見人に選任される場合があります。士業の中で成年後見人に選任される人数が最も多いのは司法書士です(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況、平成27年1月~12月より)。

承継は後継者以外の相続人への配慮が重要

事業承継に関して弁護士が受ける相談としては、以下の2つが特に多いといいます。裏を返せば、こうしたケースは弁護士に相談したほうがよい、ということです。

1つ目に、被相続人からの「所有する自社株式や事業用資産を後継者に引き継ぎたい。後継者以外にも相続人がいるが、どうしたら後継者に円滑に会社の財産を引き継げるか」という相談です。

事業承継後の経営を安定させるためには、後継者に自社株式や事業用資産を集中的に承継させることが重要です。対策としては生前に贈与する、もしくは遺言を作成するという方法があります。生前贈与のメリットは、遺言による相続のほうが税額を抑えられること。ただし自社株式や事業用資産の後継者への相続だけでなく、ほかの相続人との関係もあるため、個別の事情に合わせて選ぶとよいでしょう。

遺言の作成の仕方は相続の際に述べたとおり主に2種類のタイプに分かれます。相続人の間でスムーズに協議ができるのであれば、必ずしも弁護士が入る必要はありません。ただ相続人同士が不仲で、後々もめることが予想される場合は、弁護士に作成を依頼したほうがいいでしょう。

中小企業経営者の場合、相続紛争に発展するケースで多いのは、後継者以外の相続人への配慮が十分とは言えない場合です。例えば、被相続人が後継者に自社株式や事業用資産を集中的に承継させようとして、他の相続人の遺留分(配偶者や子などに民法上保障される最低限の資産承継の権利)を侵害してしまうことがあります。

仮に自分の取得分が遺留分より少なくなった場合、他の相続人は後継者に遺留分減殺請求をして、自分の遺留分を取り戻すことができます。こうなると、後継者は財産の返還や金銭による弁償が必要になり、場合によっては調停や訴訟まで発展しかねません。こうした事態に陥らないためにも遺言内容を考える段階から、経験豊富な弁護士にアドバイスをもらうほうがベターなのです。
続いて2つ目。円滑な財産移転と同じくらい弁護士への相談で多いのは、株式の分散対策です。少数株主が多いと、事業承継したとはいえ会社の運営が難しくなります。分散した自社株式を後継者に集中させるには、後継者や会社が個々の株主から株式を買い取るという方法あります。少数株主と個別に交渉し、価格の合意ができれば売買契約成立です。弁護士はこの一連の交渉を代わって手掛けてくれます。

事業承継対策を講じる上では、様々な専門知識が必要です。そのため、当然ながら事業承継関係の経験がある人にお願いしたほうがいいでしょう。実際には金融機関、税理士が最初の相談窓口になることが多いようです。弁護士事務所のホームページや各種書籍などを参考に、中心業務や経験、実績などを確認しましょう。また家族のややこしい問題を任せるのですから、弁護士との相性も大切です。初回面談時に話した感じで判断するといいと思います。

相談時間を有効に使うためにも、事前に自社の株主構成や事業用資産の所有状況をはじめ、相続人の構成などを整理しておきましょう。可能であれば分配の希望まで伝えられれば、スムーズに話が進むはずです。

取材協力=弁護士法人Y&P法律事務所

著者:萬 真知子、荻島 央江