銀行、信託銀行、証券会社…
相続・承継に注力する金融機関は増加中

著者:萬 真知子

大相続時代のいま、2030年までに1000兆円の資産が動くともいわれています。相続が発生すると、シニア層の被相続人から次世代の相続人へ資産の移転が起こります。被相続人の資産を預かる金融機関と、相続人の取引金融機関が異なれば、前者から後者へ資産が流出することになり、前者の金融機関は打撃を受けます。特に被相続人が地方在住で、相続人が都市部在住の場合、資産は地方から都市に流出するため、地方銀行にとっては脅威です。

しかし逆にいえば金融機関にとって相続による資産移転はチャンスでもあります。魅力的な相続のサービスや商品の提供ができれば、資産を受け継ぐ相続人も、被相続人がお付き合いしていた金融機関との取り引きを始めるかもしれません。方々の金融機関に散らばっていた被相続人の資産をひとまとめにして、大口顧客になる可能性もあります。

こうした背景から相続サービスや相続関連の商品に注力する金融機関が増えています。利用者の立場から見ると選択肢が増えることになり、上手にサービスや商品を利用すればスムーズな相続が期待できます。

遺言代用信託などが人気

では相続に関して金融機関がどのような動きをしているのか、銀行から見ていきましょう。相続というと多くの人が思い浮かべるのが信託銀行でしょう。信託銀行では遺言の作成から保管、執行までをカバーする「遺言信託」をはじめ、さまざまな相続手続きを代行するサービスも取り扱っています。いずれも相続財産に対して一定の手数料がかかります。

また「遺言代用信託」といって、相続の際に資産移転が簡単にできる商品もあります。通常、口座の名義人が死亡すると預金口座は凍結され、遺産分割協議が済むまでお金を引き出せなくなります。しかしこの商品を利用して一定金額を預けておくと、名義人の死後でも、指定された家族ならば簡単な手続きでお金が引き出せます。当座必要な葬儀費用などを賄うのに有効ということで注目を集めており、相続による資金流出を食い止めたい地方銀行でも取り扱うところが増えています。

「信託」と聞くと信託銀行でしか取り扱いがないと思われがちですが、系列グループに信託銀行を抱えるメガバンクはもちろん、地方銀行や信用金庫、労働金庫などでも、信託や相続関連のサービスを取り扱っています。また、相続した資金を一定期間内に預けると、通常より高い金利を適用する「相続定期預金」を提供する銀行もあるので、まずは日ごろ付き合いのある金融機関で相談してみるといいでしょう。

証券会社での取り組みは?

昨今は、証券会社でも相続対策に取り組んでいます。相続における証券会社の役割は、被相続人がその証券会社の口座で保有していた株式等を相続人の口座に移管すること。相続人が該当の証券会社に口座を持っていない場合は口座開設の上、移管手続きを行います。

証券会社の役割は基本的にここまでですが、それにとどまらず、生前の相続対策から相続発生後の手続きまで、ワンストップでサポートするサービスを提供するところもあります。たとえば「法定相続人が誰なのか知りたい」「相続に関する法律や税金が分からない」「相談できる税理士がいない」「相続の手続きをしている時間がない」「不慣れでどうしたらいいのかわからない」といった悩みや困りごとに対応してもらえます。

「相続については仕事で付き合いのある税理士がいるから、わざわざ証券会社に頼まなくても……」と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし税理士にも得意分野があって、すべての税理士が相続の知識に長けているわけではありません。そこで証券会社では、資産税に強い提携先税理士法人をご紹介するサービスを行っているところがあります。相続では、税理士以外に弁護士や司法書士などの専門家が必要な場面も出てきます。こうした専門家を個人が一から探すのはなかなか大変です。しかしこういったサービスを利用すれば、それぞれの専門家の相続手続きにおける役割を説明した上、適切な提携先を紹介・コーディネートをしてくれます。こうしたワンストップサービスは、他の金融機関でも提供しています。

相続手続きが段取りよく進むようにサポート

では、具体的なサービス内容はどうなっているのでしょう。大きく分けると、生前の相続対策の相談に応じる「事前サポート」と、相続発生後の手続きをサポートする「事後サポート」の2種類があります。

事前サポートでは、お客さまのお悩みに合わせた相続対策プランを立案し、実行までお手伝いするのが主な内容です。保有財産の評価・分析や不動産の簡易査定、“争続”を防ぐための「遺言書作成サポート」などが含まれるケースもあります。

実際に相続が発生すると、さまざまな手続きが必要。そんなときに役立つのが事後サポートです。相続税申告の準備をはじめ、相続財産の登記・名義変更など、手続きによって窓口も異なりとても煩雑。しかも、相続発生後10カ月以内に行わなければならない相続税の申告・納税をゴールに、期限が決まっている手続きもあるため、段取りよく進めていく必要があります。そこで、事後サポートでは相続発生後から相続税の申告・納税までの全体のスケジュールを提示して、必要書類の準備など相続人がいつ何をすればよいのかをアドバイスし、スムーズな相続手続きができるようにサポートします。前述のとおり、必要に応じて相続に精通した専門家(税理士、司法書士、相続手続代行等)のコーディネートもします。

気になるのは相続にかかる費用ですが、相続に関するサービスや商品は金融機関によりさまざまです。金融機関に“お任せ”できる代わりに一定の手数料が必要なものもあれば、一定の口座残高がある優良顧客向けに、プランニングやアドバイスは無料としている金融機関もあります。まずは被相続人、あるいは相続人が取り引きのある金融機関をはじめの相続サービスや商品をチェックしてみることが大切です。

セカンドオピニオンを求めることが大切

事業承継は相続に比べ複雑で、より多くの専門知識が求められます。その点、日ごろから付き合いのある金融機関なら事業内容や業績を把握しているため、身近な相談相手として頼りがちです。ただ最近では、銀行や信用金庫だけでなく、証券会社なども顧客サービスとして承継のサポートに乗り出しています。どの金融機関も相続のときと同様、承継したからといって顧客を手放したくないというのが本音です。そのため、自社との取引が続くような提案をしがちです。だからこそ、ぜひさまざまな金融機関に相談して“セカンドオピニオン”を受けることが肝要です。そのうえで、自社にとって最善のプラン、パートナーを選びましょう。

取材協力=大和証券

著者:萬 真知子