生前にしかできない不動産による節税対策
売却、建て替えなど方向性を定めるところからスタート

著者:萬 真知子

相続を受けた人全体の相続財産の構成比を見ると、不動産の割合は現預金や有価証券より高く、土地と家屋を合わせて47%(国税庁「平成26年分の相続税の申告状況について」より)。半分近くを占めています。それだけに不動産の相続対策の巧拙により、相続税の負担や、相続後の相続人の生活に大きな違いが出てくると考えられます。相続対策には節税対策、納税対策、分割対策の3つがありますが、2015年の基礎控除の引き下げにより、特に節税の相談が増えています。相続資産が基礎控除を超えてしまう、あるいは超えてしまうのではと心配されている方々が多数派です。

不動産に関する相続対策にはいくつか選択肢がありますが、所有している資産のうち現金を不動産に組み替えることが、最もオーソドックスな相続対策といえます。相続財産が現金の場合、それが1億円あれば相続資産としての評価も1億円といったように額面どおりに評価されます。一方、不動産(土地、建物)の場合、一概に額面の評価額がないため、その評価は不動産の種類により定められた方式で評価することとなります。一般的にこの計算上の評価額が不動産の購入金額より低くなることが多いため、節税につながるわけです。

また、一定の要件を満たせば上記で計算された評価額から更に減額できる特例もあります。例えば自宅については土地の評価を80%減額できる「小規模宅地等の特例」。この特例は要件を満たせば貸付事業用の店舗やアパートなどの土地にも適用でき、その場合は評価額を50%減額できます。そのため最近は、特例を意識した実家のリフォームや住み替え、相続対策も見据えた建替えに関する動きが増えています。

しかしこれらの仕組みや制度を一般の人が全て理解するのは一苦労。そんなとき不動産にまつわる相続対策プランを提供してくれるのが、不動産関連の各社です。マンション販売会社やハウスメーカー、リフォーム会社など、専門性が高いものから、それらを幅広く取り扱う総合不動産会社まで、多岐にわたります。まずはおおよその方向性を定めてから相談に行ってみるといいでしょう。

相続対策は生前にしかできない

ただし、こうした対策は被相続人が生きている間しかできません。いざ相続が発生してしまうと打つ手はなく、相続財産に応じて税額は決定してしまいます。納税資金が足りなければ不動産を売却して資金を確保する、売却が難しければ延納や物納、借入れの手続きをとるか相続を放棄するという手段しかなくなってしまうのです。ですから生前から対策に取り組むことが非常に重要です。

対策を先送りしているうちに、被相続人が認知症になるリスクもあります。認知症になると経済行為に制限が出来てしまい、基本的に不動産の売買、建築等の多額のお金が関わる行為はできなくなってしまいます。成年後見人を付ければ対応できるのではと考えている人も多いのですが、後見人の役割は認知症になった人の財産を守ること。不動産の節税対策のように資産の評価額を下げるようなことはできないので、基本的には相続対策、節税対策は出来なくなってしまいます。

認知症に備えるには「家族信託」という手段が有効です。信託というと信託銀行を思い浮かべるかもしれませんが、家族信託はそれとは別で家族内で信託契約を締結するもの。これを利用すれば、被相続人が認知症を発症した場合、家族の誰かに相続の節税対策などを託すことができます。不動産会社の相談窓口の現場でも、高齢な相談者に家族信託を勧めるケースは増えています。

家族内でコミュニケーションをとる

実際に相続の相談に訪れる年齢層というと、80代の方、それも被相続人になる方が1人でみえるか、ご夫婦でというケースが多いといいます。相談者の話からは、相続人となる子世代には資産の状況をあまり知らせたくないという傾向が見受けられるようです。しかも「自分の財産をこうして分けてほしい」といった思いは、相続人にあまり伝えていない場合が多々あります。

一方、相続人となる子世代はどうかというと、本来は受け取る側の立場として相続対策に加わったほうがいいのですが、自分たちが積極的に相続にかかわるのも、親の財産を狙っているようでいかがなものかと遠慮するケースが多いです。

しかしこれでは結果として、相続人になる子世代との間にミスマッチが生じてしまうことになりかねません。相続対策になるからといって駐車場をやめて賃貸マンションを建築したものの、その資産を受け取る側の立場からすると、運用しきれず、適切な修繕や募集行為ができないため物件の競争力を低下させてしまうこともあります。こうした事態を避けるには、相続される方も含めてご家族内でコミュニケーションをとることが大切なのです。

不動産会社は、トータルで考えた提案ができるところを選びたい

続いて、具体的にはどのような手順で相談を進めればよいのかを見ていきましょう。大事なのは依頼先選びです。不動産業界には建築会社、リフォーム会社、不動産仲介会社などいろいろな業態があります。相続対策の答えは一つではないので、異なる業態の会社をいくつか当たってみるというのが一つの手です。並行して資産税に強い税理士にも相談し、多面的に考えましょう。判断しきれないなら、トータルで考えた提案のできる総合不動産会社を選ぶのも手です。建築、リフォーム、仲介などの会社がグループ内にある場合は、多種多様な提案ができます。

いずれにしても1カ所で決めずに、複数の会社の提案を比較検討することが大事です。そのうえで「これは誰にあげたい」「土地は売りたくない」「収益性のあるものにしたい」などと、おおよそで構わないので、ある程度、希望や方針を固めてから相談に臨んだほうがいいでしょう。もちろん、相続人になる家族とも相談内容を共有しながら進めましょう。このように進めると、最終的には思いどおりの形の相続が迎えられるようになります。

なお、ここ数年タワーマンションやサブリースを活用した相続対策が人気ですが、メリットだけではなく、注意点もきちんと説明する会社を選びましょう。

アパート経営の決断の前に事業性のチェックが必要

また、相続というとどうしても節税ばかりに目が向きがちですが、それだけしか念頭に置いていないプランは問題です。節税目的でアパートを建てるケースは多いですが、中長期的に事業として成り立つのかという観点が重要です。また、不動産の運営というのは経営に近いものですから、今後中長期にわたってその経営に携わっていけるか、という点に関しても考えておくことが必要です。したがって、いったん相続を省いた中で、アパートの建築が収益性上、事業上良い選択なのかどうかを検討することが重要です。その判断材料になるのは、損失が発生した場合を想定したシナリオをしっかりと見込んだ中長期的な収支の見通しや、適切な修繕費の見立て、オーナーの意向に沿った管理方法などです。そこまで盛り込んだプランを出してくれるかどうかも依頼先選びの条件でしょう。

最後に気になるのは、不動産会社への相談料。たいていの不動産会社では、プランニングやコンサルティング料は無料の場合が多いです。必要に応じて税理士、弁護士、司法書士などの専門家への依頼が必要なときには紹介してもらうことも可能ですが、その際は別途、所定の料金がかかる場合があるので事前によく確認をした方がよいでしょう。

取材協力=三井不動産

著者:萬 真知子