自社の魅力を最大限に引き出すのがM&A成功の秘訣
M&Aの専門会社は大きく2種類から選択

著者:荻島 央江

事業承継には、親族に承継させる「親族内承継」、社内の役員や従業員、もしくは第三者に承継させる「親族外承継(MBO=経営陣買収/M&A=合併・買収)」、「IPO(新規株式公開)」という大きく3つの方法があります。

近年、親族内に適当な後継者がいないことなどにより、中小企業の後継者確保が困難になっています。その場合、選択肢は親族外承継かIPOになりますが、IPOやMBOのハードルは高いと言わざるを得ません。このため、中小企業の事業承継問題解決の手法として、経営者が保有する自社株式を他社に売却したり、会社の事業を他社に譲渡したりするM&Aへの関心が高まっています。

実際、未上場企業間の年間のM&A成約件数は年々増え続け、リーマン・ショック以降は一時的に落ち込んだものの、12年からは再び増加に転じています。

とはいえ、M&Aによる事業売却に抵抗感やネガティブなイメージを持つ中小企業経営者は少なくありません。しかしM&Aには「後継者がいなくても事業継続できる」「売却利益を得られる」「重圧から解放される」などのメリットが期待できます。選択肢の1つとして前向きに考えてみてはいかがでしょうか。

事前準備は、自分の会社の「磨き上げ」から

「業績がよくない間は売却を見送るべきだろうか」と悩む方もいらっしゃるでしょう。確かに昨今は業績が悪いため売却するという再生型の案件は少ないのが実情です。ただ全く可能性がないわけではなく、譲渡側の考え方次第と言えます。

とはいえ、できるだけいい状態のほうが有利な条件を導き出せるのは事実。M&Aの前に取り組んでおくべき事前準備として「磨き上げ」があります。磨き上げとは、自社の企業価値を高めること。M&Aは企業価値の売買ですから、譲り受け側にとって魅力的な企業ほどよりよい条件で譲渡ができる可能性が高まります。ポイントは、「会社の強みをつくること」「ガバナンス・内部統制の構築」「経営資源のスリム化」の大きく3つです。そのためには、自らを振り返ることが出発点になります。自社のビジネスモデルを見える化し、どういう仕組みで収支が生まれるのか、実態を明らかにして説明できる資料を作成するといいでしょう。特に非上場の会社はこの作業、セルフデューデリジェンス(資産査定)が欠かせません。

自らをもう一度見つめ直して、自分たちの強みは何かを改めて整理をしたら、第三者の目を入れてディスカッションして、査定の客観性を高めます。この段階で、ガバナンスや内部統制面での自社の問題点や、無駄な経営資源の存在も見えてくるはずです。

こうした手順を踏まずにいきなり譲り受け先候補に金額を打診しても相手も答えようがありませんし、結果として思ったほどの値がつかないことになります。企業価値の中には、これまで経営者が事業に注ぎ込んできた想いも含まれます。ビジネスモデルや利益の源泉を整理するとともに、自らの経営者人生をこの機会に整理してみましょう。そこまでしっかり伝える準備をするかしないかで相手方の印象も随分違ってきます。

M&Aの専門家に頼るのが安心

肝心の売却先をいかに見つけるかですが、中小企業の場合、社長個人の人脈で独自にM&Aのパートナーを見つけるケースもあるでしょう。その場合、専門家を交えずに当事者だけで進めると、条件交渉がしにくかったり、なあなあで互いの実情をよく確認しなかったりして、後になって「こんなはずではなかった」というトラブルにつながる可能性があります。

そもそも買い手企業がなかなか見つからない事態も想定できますし、たとえ見つけても、適正な売却価格の算定は難しいものです。最終的な手続面でも理解や知識に乏しいと思わぬ壁にぶつかることが多い。そう考えると、自社単独で事業売却の手続きを進めることは容易ではないと言えます。

となれば、信頼できる専門家のサポートが必要です。一般的には、中小企業のM&Aを専門に手掛ける民間の会社や一部の金融機関などに依頼することになるでしょう。

M&Aの専門会社の形式には、「仲介」と「アドバイザリー」の2種類があります。ここからはそれぞれの特徴をご紹介しましょう。

仲介は、譲渡する側(売り手)と譲り受ける側(買い手)の両方と仲介契約を結び、相互の間に入って中立的な位置付けで対応します。

一方でアドバイザリーは、売り手、もしくは買い手のどちらか一方とのみアドバイザリー契約を結びます。つまり、売り手と買い手のそれぞれにアドバイザーが付き、それぞれの立場で助言をします。欧米ではこの形式がスタンダードです。

M&Aでは、売り手はできるだけ高い値段で売りたい、買い手はできるだけ安く買いたいと考えるので、当事者間の利益が相反します。その点、アドバイザリーは顧客の利益を最大化することに集中してくれるので、交渉に意向を反映させやすいでしょう。半面、なかなか着地点が見つからず、交渉が長引く可能性もあります。

その意味では、双方の間に立つ仲介に依頼し、最初から双方が満足できる落としどころを考えながら交渉してもらうのも1つの手かもしれません。

これに関連して、M&Aの手法には「相対方式」と「入札方式」があります。

相対方式は主に仲介の会社が取る手法で、彼らのネットワークからマッチングした買収希望企業と順に交渉を進めていきます。そこで条件が合致すればM&A成立と、良い相手に出会えれば早く決着するというのがメリットです。「単一株主で自分への実入りが多少増減するだけなので、あまり金額にこだわらない」「早く手離れしたい」という人に向きます。

ただし、これはいわばお見合いに似ていて、たくさんの相手から比較検討して選ぶという性質のものではありません。ですから「もっとよい買収先があったのでは」「買収金額は妥当な金額だったのか」という疑問が残る可能性があります。

アドバイザリーが主に採用する入札方式は、いわゆる入札と同じ要領で、複数の買収希望会社が入札し、最も良い条件を提示した会社を最終的な買収企業とします。相対方式と比べ、金額が高くなる傾向があります。親族以外の関係者が一部株を持っているなど株主が複数いて、価値を最大化して売却しないと自分以外の株主に対して説明がつかないという場合に向く手法と言えます。また決着までに時間がかかることが少なくありません。多少時間がかかっても、自社がどれくらいの価値があるのか、買い手はどこに価値を見出だしてくれるのかをしっかり見極めた上で売りたいという人にお勧めです。

一般的な入札と異なるのは、スキームや買収後の経営方針なども選考の対象となることです。金額だけにとらわれず、こうした点も十分に踏まえて最終的に決定することが重要でしょう。

こうした違いを踏まえた上で、M&Aを検討するときには専門会社をどのようなポイントで選べばいいのでしょうか。

まず1つ目に、当然ながら十分な経験と実績、信頼性があることが挙げられます。M&Aには法制面、税務面など専門的な知識やノウハウが必須です。過去の実績や利用者の声などを可能な限り十分に調べた上で慎重に選びましょう。

2つ目に、得意とする分野を確認しましょう。それぞれ強みとする業界や事業規模、エリアなどがあります。自社のニーズを明確にし、自社にとって有益なM&A専門会社であるかを確認してください。

3つ目に報酬体系です。M&A専門会社が請求する報酬には、大きく「着手金」「リテーナーフィー」「中間金」「成功報酬」(移動総資産ベース、もしくは譲渡(買収)価格ベース)の4つがあります。会社ごとに要、不要が異なりますので、必ず事前にチェックしましょう。すべての項目に関して支払いを求める会社もあれば、成功報酬のみで他の費用がゼロという専門会社もあります。

リテーナーフィーとは契約期間中に毎月支払う報酬、中間金とはM&Aの相手方との基本合意契約締結時に支払う報酬です。成功報酬は多くの会社が取引金額に一定の料率をかけて算出する「レーマン方式」を採用しています。料率は各社であまり変わりませんが、取引金額の定義を移動総資産とするか、譲渡(買収)価格とするかで成功報酬額に大きな差が出ますので、最初に確認しておくといいでしょう。

最後の4つ目は担当者との相性です。人生の中でM&Aは何度も経験することではありません。加えて成立するまでには半年程度の時間がかかり、密なコミュニケーションを図ることになりますから、この人になら信用して任せられると心から思える人を選ぶことが大切なのです。

中小企業経営者には、売却金額より売却後の会社の存続・発展や、従業員の雇用維持を優先して考える人が多いようです。それは一般的な市場取引にはない特徴です。こうした特殊性を理解し、心情を慮ってくれる担当者なら安心して任せられるに違いありません。

自社の実情に合ったM&A専門会社を選択した後は、概ね以下のような流れで進みます。候補先の選定→事業評価→候補先への打診(入札)開始→トップ会談→交渉→基本合意書の締結→デューデリジェンス(資産査定)→最終契約締結です。

「候補先の選定」「事業評価」は、専門会社と二人三脚で進めていきます。既に実施したセルフデューデリジェンスの結果を踏まえ、より客観的な評価付けをします。

次に「候補先への打診(入札)開始」から「交渉」までの段階では、候補企業の社長同士が信頼関係を築けるかどうかがポイントです。売り手の社長と買い手の社長の想いが重ならなければ、M&A後に事業が滞っていくこともあり得ます。

このため、まずはしっかりとしたコミュニケーションが大切になります。この会社を譲り受けた後、どう運営していくつもりなのか、経営に関してどんなフィロソフィーを持っているのかなどをしっかり確認しましょう。売却後、「自分が考えていたのとは全く違う方向に行ってしまった」という残念な思いをしないために必要なことです。

そして「基本合意書の締結」から「最終契約締結」では、売り手のデューデリジェンス(資産査定)を受けながら、具体的な売却額や売買条件を詰めていくことになります。

2016年版の中小企業白書に、「『経営者の交代あり』の企業は、『経営者の交代なし』の企業に比べ、経常利益率の上昇幅が大きいことが見て取れることから、経営者の交代が企業の収益力に寄与していることが示唆される」と指摘されています。
事業承継において大事なのは、やはりタイミングなのでしょう。急ぎすぎない、でも売りどきを逃さない。会社や事業の現状、後継者の状況を踏まえ、ベストな選択をすることです。

取材協力=GCA

著者:荻島 央江