事業継続だけでなく企業の成長・発展も目指す
「PEファンド」を活用した事業承継とは

著者:千葉はるか

少子高齢化が急速に進む現在の日本では、中小企業を経営するオーナー経営者が事業承継に悩むケースが増えています。経済産業省によれば、今後10年間で平均引退年齢である70歳を超える中小企業等の経営者は約245万人にのぼり、そのうち約半数は後継者が未定だといわれています。実際、後継者がいないために廃業を余儀なくされる経営者も少なくないのが現状です。

「心血を注いで経営にあたってきた会社だから、廃業は何としても避けたい」という経営者は多いでしょう。では、経営者が引退を考えるとき、従業員の雇用を守り会社を継続・発展させていくためにどのような方法があるのでしょうか?

跡継ぎがいない場合の承継方法はM&AかPEファンドの活用

跡を継いでくれる親族がおらず、従業員から後継者を見つけるのも難しい場合、事業承継の方法として近年注目を集めているのがM&Aです。経営者が保有する自社株式を他社に売却したり会社の事業を他社に譲渡したりすることにより、事業を継続させるのです。従業員の雇用を守れますし、未公開株式を現金化できるので、M&Aは経営者にとってもメリットのある方法と言えるでしょう。

しかしM&Aには抵抗を感じるという経営者も少なくありません。理由の一つは、M&Aをすると、同じ業界内の競争相手に買収されるケースが多いことです。「長年にわたり苦労して培ってきた技術を、ライバル企業にとられたくない」と感じるのは、無理もないことでしょう。このほか、親会社となる企業に合わせざるを得なくなることに違和感を覚える経営者もいます。買い手である企業は自社の経営戦略の一環として買収企業の事業を展開するわけですから、社内規定から企業風土まで、親会社に合わせて大きく変わっていくことは避け難いでしょう。

このような悩みがあるのでしたら、自社株の譲渡先として事業会社以外に、PE(プライベート・エクイティ)ファンドも検討してみてはいかがでしょうか。PEファンドは多くの投資家から資金を集め、その資金で企業の未公開株式を取得します。その後、買収した企業を成長させて取得した株式の価値を向上させ、IPO(新規上場)や第三者への売却によって利益を上げ、投資家に分配することを目的としています。

企業文化を維持しつつ価値を高められるのがPEファンドのメリット

PEファンドを活用するメリットは、企業価値の向上が図れる点にあります。PEファンドには企業の売り上げや利益を高めるためのノウハウがあります。実際にPEファンドを活用するとなると、取締役として経営陣に入れる人材や現場で業務の改善を行う人材が提供されます。経営上の問題点を一つずつ洗い出してあるべき姿に変えていくことで、その企業が本来持っている商品・サービスの競争力を存分に活かせるようになり、収益力を高めることが可能になるのです。またPEファンドという第三者が介入し客観的に現状の問題点を把握することで、オーナー経営者時代にはなかなか手をつけられなかった、取引先とのしがらみなども解消することが期待できます。さらに、PEファンドが経営に深く関与することでコーポレート・ガバナンス(企業統治)が改善し、経営の透明性が高まる効果もあります。

このほかPEファンドの場合、M&Aでライバル企業等に買収されるケースと比べて企業文化が維持されやすいのもメリットといえるでしょう。M&Aの場合は経営権を完全に移譲し、買収企業に経営を掌握されるのが一般的です。一方、PEファンドの場合、経営権は掌握するものの、通常の経営はそれまでと同じ経営陣に委託してそのやり方を尊重するという方法を取ることが多いです。経営者の「自分が引退したあとも企業文化を引き継いでいってほしい」という希望が叶えられやすく、現経営陣も責任とやりがいを感じられるのがPEファンドを活用する利点でしょう。

PEファンドでは通常、投資してから3~4年程度でIPOや第三者への売却に至ります。第三者への売却については「結局、数年後にはライバル企業に買われるかもしれないということか」と思うかもしれませんが、買われる企業としてのありようには大きな違いがあります。高収益体質でガバナンスもしっかりした企業であれば売却時に高い評価を受けられるのはもちろん、買収された後も親会社に自主性を重んじてもらえることが多く、独自の戦略による事業展開を継続できたり、企業文化を維持できたりする可能性が高いのです。

事業承継だけじゃない! 株式上場や海外進出時にも活用できるPEファンド

実際のPEファンドの活用には、さまざまなケースがあります。

最も多いのは、「優れた商品やサービスを持っているのにあとを任せられる人材がいない」という企業が、PEファンドの参画により業務効率やガバナンスの改善を図り、企業価値を高めていくパターンです。この場合、PEファンドが数年にわたり経営に関わることで、オーナー経営者を支えてきた専務や常務などの人材が経営を担えるまでに成長することも珍しくありません。また、従業員の中に後継者候補となる優秀な人材がいる場合でも、PEファンドを活用するケースがあります。中小企業の株価は過去の利益の蓄積や保有資産の含み益などによって非常に高くなっていることも多く、一方で後継者候補となる従業員が用意できる金額には限度があるものです。そこでPEファンドが参画したうえで、生え抜きの後継者が経営者となり、PEファンドにサポートしてもらうのです。

このほか、株式上場を目指してPEファンドを活用する企業もあります。自社の力だけでは管理体制が整えられず証券会社もあまり頼りにならないといったケースで、PEファンドが経営に参画して上場に向けた経営体制の整備に取り組むわけです。また「これから海外市場で事業を拡大したい」といった希望を持っている場合、現地での工場建設や販路の開拓には、ノウハウや海外企業とのコネクションがあるほうがスムーズです。PEファンドが参画することで、そういったノウハウやコネクションを持つ人材を経営陣に招くことも可能になります。さらに、売り上げや利益の成長を目指して他企業を買収し規模を拡大するケースもあります。この場合、自社の経営戦略に合った買収先の選定などにもPEファンドのサポートが期待できます。PEファンドの活用の目的は、経営者が引退した後も事業を継続するということだけでなく、企業の大きな発展を目指すことにあると言ってもいいでしょう。

実際にPEファンドの活用に至るケースでは、経営者が事業承継について取引先金融機関や税理士、会計士、商工会議所などで相談し、M&Aと並ぶ選択肢の一つとしてPEファンドを紹介されるというパターンが多いようです。いずれの場合も、優先されるのは経営者自身の意思。一つのPEファンドだけに話を聞いて決断するのではなく、複数のPEファンド等との面談を通じ、自社にどのような付加価値を提供してもらえるのかを聞いたうえで買い手をじっくり選ぶことが重要でしょう。

かつてはPEファンドというと悪印象を持つ経営者も少なくありませんでしたが、近年はPEファンドに関する理解が広がり、PEファンドを活用した事業承継は全国的に増加傾向にあります。従来は大都市での利用が多かったものの、ここ5、6年ほどは地方でも案件が増えてきているといいます。地方では中小企業等が事業承継に悩むケースが多く、潜在的なニーズの大きさを考えれば、今後はいっそうPEファンドの活用が進みそうです。

取材協力=日本プライベート・エクイティ協会

著者:千葉はるか