公式コラム先人に学ぶ正しい継がせ方
親子対談「一日でも長生きし、株を渡す」
2016.12.19
著者:日経BPコンサルティング
リード中小企業経営者のご意見番、樹研工業の松浦元男会長。長男の直樹社長と一緒に、相続について語ってもらった。話は松浦親子の相続税対策から、日本の相続税批判にまで及ぶ。

松浦直樹 樹研工業社長 写真/堀 勝志古
──直樹さんは1人息子の跡取りなのに、40歳を過ぎるまで音楽関係の仕事をしていたんですね。
直樹:高校卒業後、米国で音楽を勉強しながら、プロのベーシストとして演奏・作曲活動もするようになりました。その後、日本の楽器メーカーを経て、13年前に樹研工業に入社しました。今でも音楽活動は続けていますよ。
父の会社がどんな事業をしているかは、子供の頃からよく自慢されていたので知っていました。「うちの部品は、世界中の製品で使われているんだ」「今日こんな設備が工場に入ったぞ」。そういうことを一緒に風呂に入りながら言うわけです。子供心に「すげぇなあ」と感心していました。
1人息子だし、いずれ継ごうとは思っていたので、そろそろこの楽しい仕事をしようと入社したんです。ただ、父から「会社を継いでくれ」と言われたことはありません。ええ、生まれてから一度もない。父との関係を通して、自然に継いだのです。
子供の頃から洗脳
──松浦会長が「うちの会社は楽しいんだぞ」と、直樹さんの幼い頃から折に触れて話していたのは意図したものですか。
元男:もちろんそうです、洗脳していたんですよ(笑)。息子が親の会社に入るかどうかは、最終的には息子が判断すること。「息子が継いでくれない。なんで親の気持ちが分からないんだ」とこぼす経営者がよくいますが、それはちゃんと話してないからでしょ。
夢がある仕事だと息子に分かってもらうように親が説明せんといかん。そういえば、うちが最初に買った成形機も、中学生だった息子と一緒に組み立てました。休みの日には、会社の掃除を手伝ってもらったりして、そのときにいろいろ話をするわけですよ。
特に小学生、中学生の頃の親子の接触は大事だと思います。大人になってから「おれのやり方をまねしろ」と言うのではなく、子供の頃から「おれはこういうふうに物事を考えているんだよ」という思考のスタイルを分かってもらう。そうすればいい親子関係は一生続くと思っています。
直樹:離れた場所で仕事をしていても、「そろそろこの部分の改善をしなくちゃいけないな」と思うと、実は父もちょうど同じ日に同じことを考えていたという偶然がしょっちゅうあるんです。僕自身もびっくりしているんですが、やはり、思考回路が同じになっているのでしょうね。
──松浦家では、相続を巡って争うこともなさそうですね。
元男:親と子でどれくらいの株を持つかでけんかしたり、息子に大半の株を渡したらおやじが会社から追い出されたりという話は耳に入ってきますが、うちは一切ない。もう樹研工業の株の半分以上は僕の名義ではないと思うけど、正確には把握していません。

松浦元男 樹研工業会長
直樹:対立していたら何%だとか気になるのでしょうが……僕たちが変わっているのかなあ。父と私の役割分担もちゃんと決まっていませんしね。なんとなく、ここの業務が抜けているから僕がやろうかなと、そういう感じです。
元男:うちの親子関係はずるずるべったりなんですよ。経営の実権は息子に渡しているけれど、死ぬまで僕は現役を続けるつもりです。会社を辞めて家でじっとしているなんて、たまらんわ。僕が作った会社なんだから、そこは誰にもゴタゴタ言われたくない。
それに、少しでも長生きして相続税を減らすことが、息子のためでもあるしね。
18歳で借金する
──それは年間110万円の非課税枠を使い、できるだけ長く株式譲渡を進めるということですか。
元男:110万円では間に合いませんので、僕が払える税金の範囲で毎年渡しています。仕事を続けながら、少しでも長生きして息子に株を渡すのが、合法的な・税金逃れ?の一番いい方法ですよ。
別に相続対策もしています。息子が18歳になったとき、銀行から1500万円を借りさせ、これを資本金にしてジュケンマシンワークスという会社を作りました。私がこの会社の社長を兼務していますが、今に至るまで息子が100%の株主です。
この会社では小型成型機を作っており、業績を上げるとその資金で、僕の持っている樹研工業の株をちょこっと買ってもらう。でも譲渡側の樹研工業の業績がいいでしょ。株価が高いから、売っても売ってもきりがない。高い値段で売るから利益が出て、そこに税金もかかる。馬鹿みたいなことやっているわけですよ。

右:まつうら・もとお
1935年生まれ。65年愛知県豊橋市で樹研工業を創業。精密樹脂部品で国内有数の企業に育て上げる。100万分の1グラムの極小歯車を開発するなど世界的にも注目を集めている。2015年から会長
左:まつうら・なおき
1962年生まれ。米ボストンのバークレー音楽大学卒業。在学中からプロのベーシストとして活動を始める。その後帰国しローランド勤務などを経て、2003年に樹研工業入社。12年専務、15年に社長就任
──直樹さん個人で樹研工業の株を全部買い取るのは大変だから、直樹さんが100%所有するジュケンマシンワークスを通じて、樹研工業を持っているということですね。
直樹:当時は、なぜお金を借りなければならないのかよく分かりませんでした。「おまえが会社を継ぐかどうかは別にして、とにかく必要だから黙って金を借りろ」と父に言われたんです。今では、このジュケンマシンワークスは樹研工業以外にもいろんな関連会社の株主になっています。
元男:こんなに工夫をして、さらに頑張って長生きしてできるだけ息子に株を渡してもやはり限度がありますから、最終的には僕が死んだら息子は苦労をするでしょうね。本当に、この相続税というのはどうしようもない法律だね。このままでは絶対にいかんと思いますよ。
我々中小企業は血の出るような努力をしてお金を溜めている。自己資本を増やすには、法人税を払わなくちゃいけない。経費を節約し、税金も払って、ようやく残った自己資本に対して最後に相続税がかかるのです。
ヨボヨボになったところに、ドンと税金をかけるなんてひどい話よ。偉い人たちは、中小企業の内部留保なんてへそくりだと思っているんでしょ。企業には目に見えない負債もあるんです。例えば住宅ローンを借りている社員の生活を保障しなくちゃいけない。こういう負債がバランスシート(貸借対照表)の右側に存在しているのに全くカウントされない。
選挙地盤に相続税を
直樹:高い相続税が馬鹿らしくなって、相続税のかからない国に移住した経営者を知っていますよ。あまり表立っては知られていなくても、実際にはそういう人がたくさんいてもおかしくないと思う。元男 イチロー選手なんて100億円以上は稼いでいるんでしょ。日本に帰ってきたらがっぽり税金を取られるんだから、そのままアメリカに住むんじゃないの。
相続税はもともと日露戦争の戦費を集めるために導入したんです。(太平洋戦争の)戦後に、相続税を廃止するという意見もあったと聞いています。一時的な目的で始めたものが、ずっと続いているだけ。おかしな話です。
市場で取引される上場企業の株と違って、非上場企業の株式評価額なんて、あるようなないようなものです。だったら国会議員の選挙の地盤はどうなんですか。親から地盤を譲ってもらった世襲議員は、ほぼ確実に当選しますよね。選挙地盤もあるようなないようなものです。だったら、そこにも相続税をかけるべきでしょう(笑)。
※『日経トップリーダー』2013年2月号の特集「今から始めるオーナー社長の相続」をもとに再構成
著者:日経BPコンサルティング