公式コラム先人に学ぶ正しい継がせ方
経営者の心得『先代の「善意」に潜む落とし穴』
2017.01.23
著者:日経BPコンサルティング
良かれと思って打った手が、逆にトラブルの温床になる──。
株式相続の認識不足から、経営危機を招くケースが後を絶たない。
よくある失敗例を、承継問題に詳しい児玉靖彦氏が解説する。

児玉靖彦(こだま・やすひこ)
1967年宮崎県生まれ。91年福岡大学卒業後、三和銀行(現・東京三菱UFJ銀行)に入行。その後、日本生命などを経て2008年、事業承継を専門にコンサルティングする児玉事務所を設立し、代表に就任。
中小企業経営者と接していると、株の相続に無頓着な人が多いことに驚きます。相続税対策ばかりを優先し、後継者への株式集中に関しては、漠然と「過半数の株を後継者に渡しておけば問題ないだろう」などと安易に考え、その裏に潜むリスクにあまり目を向けないのです。
一番の悲劇は、先代が後継者や家族、従業員に対して「善意」で手掛けた相続対策が裏目に出て、相続後に大きなトラブルに発展するケースです。この落とし穴にはまる経営者が実に多い。具体的にどのような善意が問題なのか、5つ紹介しましょう。
パターン1:兄弟平等という親心が裏目に出る
まず避けたほうがいいのは「平等に相続したら、兄弟でもめないはずだ」と仲良く均等に株を渡すパターンです。
親が元気で、しかも企業の重要事項を決める特別決議を通すために必要な3分の2以上の株を自身が保有しているうちは、子供たちの持ち株比率が同じでも表立った争いはあまり生じません。ところが親が亡くなって一家の重しが外れれば、ちょっとした意見の行き違いが取り返しのつかない事態に発展するのです。
例えば、図1のように先代の死後、長男、次男、長女が均等に株を相続し、長男が社長、次男が専務という場合。他家に嫁いだ長女が「経営に参加する意思はないので株を買い取ってほしい」と言ってきたら、拒否することは困難です。長女には株式買取請求権があるからです。
株式買取請求権とは株主が、株の買い取りを請求できる権利のことです。買取価格は売り手と買い手、両者の話し合いで決まりますが、決裂した場合は裁判所の判断に委ねられます。そうすると、株は時価で評価することになるため、そのときの会社の財務内容が良ければ買い取りに莫大な資金が必要になってしまいます。
仮にこの会社の純資産が6億円だとすると、単純計算で買取額は2億円程度。保有する土地が購入時から値上がりし、含み益が6億円程度あればさらに跳ね上がり、4億円くらい請求されても不思議ではないでしょう。
長女だけでなく、同じ会社で働く次男と経営方針を巡ってもめると、次男から株の買取請求をかけられる恐れもあります。こうなると先代の親心が、完全に裏目に出てしまうのです。

パターン2:親子結託で会社が迷走する
「後継者には多めに株を持たせておけば大丈夫。他の家族に株が全くないのもかわいそうだ」と先々のことを深く考えず、後継者以外に株を分け与えるケースもよく見かけます。これもリスクが大きい。後継者が会社から追い出される恐れがあるからです。例えば図2のように先代が生前、株を過半数の51%持ち、そのほか妻に9%、後継者である長男に30%、次男に10%、それぞれ分け与えていたとします。
この状態で先代が亡くなり、法定相続に従い妻が25.5%、長男と次男が12.75%ずつ相続すると、既に保有していた分を合わせて持ち株比率は長男42.75%、妻34.5%、次男22.75%になります。
兄弟が仲良く経営していれば問題ありません。しかし、何らかのきっかけで折り合いが悪くなり、次男が母親に泣きついて結託すると大変です。持ち株比率が次男と母の2人合わせて57.25%と、過半数に達するからです。
こうなると、長男は取締役の任期満了時に再任が否決され、事実上解任される恐れがあります。取締役の選任は、株主総会の普通決議で過半数の賛成があれば否決できるからです。
相続後の持ち株比率をシミュレーションし、あらゆる事態を想定するのは、親の義務です。

パターン3:役員のご褒美株が思わぬ打撃に
「会社のために長年尽くしてきたのだから、その労に報いてやりたい」と、古参役員に「ご褒美株」を安易に持たせる経営者もいますが、これも危ない(図3参照)。
例えば純資産20億円の会社で、株を100%持っていた社長が、役員3人にご褒美株を1人5%ずつ額面で売ったとします。買い戻し額を特に取り決めていなければ、退職時に役員3人から「株を時価で買い取ってほしい」と言われても、社長は断れません。単純計算で1人1億円( 20億円の5%)。3人で3億円の資金負担になってしまいます。
将来、株を上場予定でストックオプション(株式購入権)を導入するというなら話は別ですが、そうでないなら、役員に株を渡すことによって恩情を示すのは禁物です。退職金の増額などで報いればいいのです。
株の問題は、常に最悪の事態を想定するのが原則です。たとえ株を持つ役員との関係が良好でも「たまたま今までが運が良く、トラブルに巻き込まれなかっただけ」と考えましょう。

パターン4:従業員持ち株会は解散すれば命取り
従業員持ち株会に安易に株を持たせている中小企業も少なくありませんが、これも避けたい(図4参照)。
そもそも税務調査で従業員が持ち株会の存在を十分理解していないことが発覚したら、税務否認されて相続税は減額されません。また中小企業の配当率は低いため、持ち株会を作っても、配当で従業員のやる気を引き出すには不十分なケースが大半です。
持ち株会は従業員が自主的に会を発足し、運営するのが原則です。社長は運営に口を挟めないので、持ち株会の従業員と経営陣が完全に対立して「株を時価で買い戻してほしい」と言ってきたら断れません。
さらに、持ち株会の理事会で解散が承認されれば、たとえ株の過半数を社長が保有していたとしても、解散は拒否できません。その場合、持ち株会の各会員が独立した株主となり、株が一気に分散します。事実上、「終わり」に等しいですね。たとえ高額であっても、株を買い取る以外、手の打ちようがありません。

パターン5:遺言書があっても、もめればピンチ
遺言書はないよりあったほうが有効ですが、過信してはいけません(図5参照)。
例えばあなたが遺言書に「妻には4000万円分の不動産、次男には3000万円の現金、後継者である長男には全株( 額面で3000万円相当)を譲る」と記したとします。一見平等なようですが、長男が相続するはずの株の時価が額面を大幅に上回っていたりすると、妻と次男が「不公平だ」と同意せず、もめる可能性は十分あるのです。
遺産分割の協議で全員の合意が得られない場合、相続人は最低限相続できる割合が担保されます。これを遺留分といいます。遺言でこの遺留分が侵害されている場合、相続人は遺留分の範囲で返還を請求できます。この例だと、妻は25%、次男は12.5%の株を最低でも相続できるのです。こうなると、長男は最大62.5%しか株を保有できず、3分の2(66.7%)に達しません。企業の重要事項を決める特別決議を株主総会で通せず、経営が滞るリスクが出てきてしまうのです。
後継者に全力で株を集中
このように後継者以外に株を分散すると、いずれも相続面で危険信号がともります。分散した株を後継者が集めるには手間とコストがかかり、あまり現実的ではありません。やはり先代が確実に株の承継を進めるのがベストです。
それぞれ個別事情はあると思いますが、最低限、次の2つを実施するようにしましょう。1つは定款が会社防衛型になっているかどうかの再確認です。もう1つは公正証書遺言の用意です。
まず定款には「相続人等に対する株式の売り渡し請求」が盛り込まれているかを確認してください。この文言が含まれていれば、他人に渡った株がその子息などに相続されることを防げます。
具体的には株主総会の特別決議において、請求された株主を除き、総会に出席した株主の3分の2以上が賛成すれば、株を相続する人に対して1年以内に会社に売り渡すよう請求できます。
中小企業の株は、取得する際にその会社の承認が必要となる譲渡制限株式にするのが基本で、これは多くの企業が既に採用しています。しかし譲渡制限株式だけでは不十分です。「売り渡し請求権」を盛り込めば、株の拡散を水際で防ぐ仕組みを作れるのです。
また、自筆の遺言書では「先代の筆跡と違う」などと争いになりかねませんから、公正証書遺言を作成しましょう。
ただし「後継者に株を100%相続させる」と明記した公正証書遺言を作っても、パターン5のように、家族が同意せず相続争いになる場合もあります。それに備えて大切なのが遺言書を補足する「付言」です。
「長男はいち早く我が社に入って会社のために人一倍頑張ってきた。今後も覚悟を持って、やり抜いてくれるはずだ。だから私は全株を譲る」といった付言を書くのです。あの世に行っても、情に訴えて家族を説き伏せることは可能です。
もちろん、遺留分を侵害しないように、現金や不動産など株以外の資産を家族に手厚く用意したり、一人ひとりの心情にきちんと配慮した言葉をかけたりすることは、元気なうちからしておくようにしましょう。

※『日経トップリーダー』2013年2月号の特集「今から始めるオーナー社長の相続」から転載
著者:日経BPコンサルティング