公式コラム事例から検証!相続の落とし穴
どこからが“寄与分”?どこからが“特別受益”? 相続人が何年も揉めないために
2017.07.03
著者:萬 真知子
遺産分割協議の際、相続人の間で意見調整が難しいのが「寄与分」と「特別受益」です。中には解決するまでに数年から10年程度かかる場合もあるようです。それを防ぐために事前にできる手立てを探ります。
遺言書がない場合、相続人は遺産分割協議により遺産を分けます。その際、相続開始時に存在する遺産を単純に法定相続分どおりに分けるとすると、一部の相続人が被相続人から生前贈与を受けていたり、被相続人の財産形成に貢献していたりした場合、不公平が生ずることがあります。例えば父親が被相続人で、長男、次男の兄弟が相続人という場合、法定相続分で遺産を分けると2分の1ずつとなります。しかし父親の生前に、兄はマイホーム購入資金として1000万円贈与され、弟は何も贈与されていなかったとすると、弟はそれを考慮せずに遺産を2分の1ずつに分けるのは納得できないと思う可能性があります。またこれとは逆に、被相続人が生前に、相続人から多額の援助を受けたというケースも考えられます。そうした不公平を調整する目的で設けられているのが「寄与分」と「特別受益」です。
まず寄与分とは、相続財産中に特定の相続人の特別の協力によって維持又は増加した財産をいいます。相続人の中に、被相続人の事業に関する労務の提供、または財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持または増加につき特別の寄与をした者があったとしましょう。そんなときは、被相続人が相続開始の時に有した財産の価額からその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、貢献分に応じた金額を法定相続分に上乗せした額を相続分とするものです。寄与分が認められた相続人は、相続分が増える一方で、寄与分のない相続人は当初の法定相続分より相続分が減ることになります。
したがって遺産分割協議で相続人の一部が寄与分を主張した場合には、他の相続人は自分の相続分が減ってしまうことになりますので、意見の調整が難しくなる可能性があります。遺産分割協議がまとまらない場合は家庭裁判所の調停手続を利用することとなり、それでもまとまらないと審判手続を利用することになります。

寄与分のイメージと裁判実務における取り扱いのギャップ
では家庭裁判所では、どのような場合に寄与分が認められるのでしょうか。寄与という言葉のイメージから、「生前、親と同居し介護を含めて生活全般の世話をしたといった場合も、親の生活に貢献したのだから寄与分が認められるに違いない」と主張するケースがよくあります。
しかし法律上の寄与分とは前述のとおり、あくまで「特別な貢献により被相続人の財産を維持、または増加させた」かどうかが問われるものです。例えば父親の事業に息子が私財を投じ、その後の会社の成長発展に貢献したといったケースなどが該当します。
裁判所では老親の介護等は、扶養義務の範囲内の問題と考えられることが多く、特別の事情がない限り相続財産への寄与分とは認められにくいというのが実情です。このように一般的に考える寄与分と、裁判実務における寄与分の取扱いにはギャップがあることを認識しておく必要があります。介護に関連して住まいをバリアフリーにリフォームしてその資金を出した、有料老人ホームの入居金を負担したといった場合や、親のアパート経営を手伝った場合なども、「特別な貢献によって被相続人の財産を維持または増加させた」場合にあたるかどうかは具体的な金額やそれぞれの家族の個別具体的な事情によることとなります。
仮に寄与分として認められそうな特別な貢献があった場合には、それを客観的に立証する証拠が必要です。領収書や預金通帳の振り込みの記録など、寄与分に関するお金の動きの記録を保管しておくことをお勧めします。財産を残す親の側も、子供が後日揉めないようにするという観点からは何か資金援助をした場合も、逆に資金援助を受けた場合も記録を残しておくとよいでしょう。
特別受益は認められやすい
一方、特別受益とは、共同相続人の一部が特別に生前贈与を受けたなどの利益をいい、それを控除して相続分を決めるとされています。この場合、相続財産の範囲を確定する際に特別受益の分を加えて(持ち戻して)計算することとなります。
下記に挙げた例で見ていきましょう。被相続人は父親で相続財産は1億円。相続人は長男と次男の2人とします。長男は生前の父親からマイホーム購入資金として1000万円の贈与を受けました。この場合、法定相続分で分けると長男と次男の取り分はそれぞれ5000万円ずつですが、1000万円の生前贈与が特別受益に当たるとすると、それを持ち戻すため相続財産は1億1000万円に膨らみます。これを法定相続分の2分の1ずつにすると、長男と次男の取り分は5500万円ずつとなります。しかし長男は1000万円の特別受益を受けているので、その分は差し引かれ取り分は結局4500万円となります。特別受益が認められた相続人の取り分は減るというわけです。
【特別受益の例】
●被相続人/父親(相続財産1億円)
●相続人/長男(特別受益1000万円)、次男(特別受益なし)
相続財産1億円の場合の法定相続分は2分の1ずつなので……
●長男の取り分/5000万円
●次男の取り分/5000万円
特別受益を考慮し、持ち戻して計算し直すと……
●相続財産/1億円+特別受益1000万円=1億1000万円
●長男の取り分/1億1000万円×2分の1-特別受益1000万円=4500万円
●次男の取り分/1億1000万円×2分の1=5500万円
他の相続人の特別受益が認められた場合には自分の相続分が増える結果となるため、「お兄さんはお父さんから留学費用を200万円出してもらったじゃないか」「○○だって親父から事業資金を400万円もらったじゃないか」といった争いに発展しがちです。すると遺産分割協議がまとまらず、寄与分の場合と同様、家庭裁判所での調停手続を利用し、それでもまとまらない場合は審判手続を利用することとなります。
一般的な寄与分のイメージと裁判実務の取扱が異なることは前述のとおりですが、特別受益については生前贈与があったことが客観的に立証できる場合には認められやすい傾向にあります。客観的な資料としては銀行預金通帳や取引履歴等が考えられます。そのような資料が十分でない場合には日記や家計簿などで立証を補充することも考えられます。
遺言書の付言事項で寄与分、特別受益の争いを避ける
寄与分、特別受益とも相続人同士の争いはできれば避けたいものです。それにはやはり財産を残す側が遺言書を残し、前回にも触れた付言事項を活用することをお勧めします。
例えば親が長男の家族と同居し、介護も受けていたとしましょう。親が長男に世話になった分、多めに財産を残したいと考えた場合、何ら説明もなくそのような遺言書を残してしまうと、他の相続人と長男との間で争いが起こるリスクがあります。
そこで遺言書に付言事項になぜそのような分け方にするのかという「過去の経緯」や「真意(思い)」を記すようにすると他の相続人の理解を得やすく争いを防ぐことにつながります。例えば、付言事項として「長男夫婦には世話になったから、長男には遺産を多めに残す。それで長女や次男は納得してほしい」といった思いを書き加えることが考えられます。また、生前贈与をした子供がいる場合には、「長女は音大に進学し、海外留学費用や高価な楽器の購入費用を出してあげたから、他のきょうだいより遺産の取得分が少なめでも理解してほしい」といった付言事項を記載しておくのもよいかもしれません。。
財産を残す親の側は、相続人である子が納得できる合理的な配分にし、その配分にした過去の経緯や真意(思い)を伝える付言事項を添えた遺言書を作れば、子の側も多少自分の考えとはズレを感じる部分があっても「まあ、親父が遺言でそう言っているのだから、親父の思いを尊重しよう」と考えて争うことを思いとどまることも考えられます。
取材協力=弁護士 岡田美香氏、弁護士 田中秀幸氏
著者:萬 真知子