公式コラム事例から検証!相続の落とし穴
民法改正による制度を活用して配偶者の老後を守る
2019.02.19
著者:萬 真知子
2つの配偶者保護策が施行
2018年7月に相続分野の民法(相続法)が改正され、段階的に施行が始まっています。相続法の改正は1980年以来、実に約40年ぶりのこと。今回はその中から、配偶者保護策として施行される2つの改正について取り上げましょう。
相続において配偶者は、非課税枠が1億6000万円まであるなど、税制面で既に優遇されています。ただし、財産の多くが「自宅」で、預貯金等の金融資産がそれほど多くなく、配偶者のほかに子も相続人である場合、法定相続分どおりに分けると配偶者が自宅を取得したときに預貯金等の取り分が少なくなる、あるいはなくなってしまうケースが考えられます。この形だと、住まいは確保したものの老後の生活費に困るという事態が生じかねません。場合によっては、自宅を売却しないとほかの相続人に財産が分けられないことも考えられます。
配偶者と子の関係が良好であれば、子が「親が安心して老後を過ごせるように」と配慮して財産を分割することが期待できます。しかし、「親子間の関係が悪い」「相続人が配偶者と前妻の子だ」「相続人が配偶者と非嫡出子だ」といったケースでは、そうはいかないこともあるでしょう。今回の改正では、こういったケースの対策として有効な制度も創設されています。

7月施行の自宅贈与の優遇措置により配偶者の取り分が増えそう
施行の順に見ていきましょう。まず2019年7月1日に施行されるのが「持ち戻し免除の意思表示の推定」の規定です。これは婚姻期間20年以上の夫婦間で居住用不動産(自宅)を贈与した場合の優遇措置で、主に生前贈与を行ったケースが対象となります。
「おしどり贈与」という言葉を聞いたことがあると思いますが、婚姻期間20年以上の夫婦の間で自宅を贈与する場合、2000万円まで贈与税がかかりません。例えば自宅の評価額が2000万円の場合、この制度を使えば夫から妻に自宅をまるまる贈与することができます。
夫は自分より長生きするであろう妻に、住まいを残してあげるという思いやりを示すことができ、贈与により自宅は妻のものになるわけです。ところがいざ相続が発生すると生前贈与を受けた財産は特別受益といって遺産の先渡しを受けたものとして取り扱われるため、相続財産に持ち戻して(相続財産とみなして)遺産分割を行うことになります。その例を示したのが図表1です。

相続人は妻と子2人(長男、長女)。相続財産は預貯金2000万円です。ここに妻が生前贈与を受けた自宅2000万円を持ち戻し、合計4000万円の相続財産を3人で分けることになります。法定相続分は妻が2分の1、子(長男、長女)が2分の1ですから、妻2000万円、長男1000万円、長女1000万円がそれぞれの取り分となります。ただし妻は既に自宅2000万円を取得しているため預貯金の取り分はありません。預貯金は長男と長女で1000万円ずつ分けることになります。
これでは妻の老後の生活費が不十分ですが、今回の改正により、婚姻期間20年以上の夫婦間の自宅贈与は特別受益の持ち戻しが免除され、相続財産に加える必要がなくなりました。妻が生前贈与を受けた自宅は相続財産の計算には入れず、預貯金2000万円を3人で分けることになるので、妻はその2分の1の1000万円の預貯金を取得でき、一定の生活費が確保できます。
特別受益の持ち戻し免除については、実は現行でも遺言書に記載すれば可能です。ただし遺言書が存在しない、あるいは遺言書があっても持ち戻し免除の意思表示がされていなかった場合には、原則、持ち戻しをすることになっています。今回はその点が改正されたというわけです。夫婦間の自宅贈与の額が2000万円を超えている場合でも、新しいルールが適用されます。ただし、遺留分については、持ち戻しをした相続財産を基に計算をするので注意しましょう。
2020年4月に施行の「配偶者居住権」で配偶者の住まいを確保
前述の自宅贈与の持ち戻し免除は従来からある制度の拡充ですが、来年2020年4月1日に施行される「配偶者居住権」については、全く新しい制度の創設になります。残された配偶者の住まいの確保と一定の生活費確保に大きな効力が期待できるうえ、二次相続対策にも有効活用ができそうな制度なので、ぜひ押さえておきましょう。
配偶者居住権とは配偶者が「被相続人のものだった自宅」の所有権ではなく、そこで暮らす権利である居住権を取得できる権利のことです。相続開始時に配偶者が被相続人の自宅に居住している場合に、権利を行使できます。短期と長期があり、短期は「配偶者短期居住権」といって暫定的なもので、長期が本来的な意味での「配偶者居住権」となります。
短期居住権は「その建物の帰属が確定するまでの間」または「相続開始のときから6カ月を経過する日」のいずれか遅い日まで、無償で居住できる権利です。自宅を誰が相続するのか決まるまで、配偶者が追い出されることなく確実に住める権利で、登記等の手続きをせずに適用が受けられます。
長期の「配偶者居住権」は、終身または一定期間、自宅に無償で居住できる権利です。配偶者居住権は自宅を相続する場合より評価額が低くなるため、その分、預貯金等の他の財産を多く取得できることにつながります。図表2の例で見ていきましょう。

相続人は妻と長男の2人で、相続財産は自宅3000万円と預貯金4000万円で合計7000万円です。法定相続分(妻が2分の1、長男が2分の1)で分けると妻と長男がそれぞれ3500万円ずつの財産を取得することになります。現行では妻が自宅3000万円を相続すると、預貯金の取り分は500万円となり老後の生活費としては不十分なおそれがあります。
一方、改正後の配偶者居住権を利用するとどうなるでしょう。ここでは配偶者居住権を1500万円とします。すると預貯金の取り分は現行より1500万円増えて2000万円になり、一定の生活費が確保できます。自宅については妻が居住権を得るかわりに、長男は配偶者居住権の負担付きの所有権を得ます。
配偶者居住権は、①遺贈または死因贈与、②遺産分割協議、③家庭裁判所の審判のいずれかにより取得できます。遺産分割協議で揉めて、相続者同士での話し合いが整わなければ家庭裁判所で調停、それでも難しければ審判という流れになります。着実に配偶者居住権を残したければ、遺言で遺贈するのがお勧めです。なお、配偶者居住権を有効にするには登記が必要になります。
配偶者居住権は第三者に譲渡(売却)することは認められないので、仮に所有者がかわっても配偶者はそこに住み続けることができます。自宅が売却されても、登記が先にあれば、配偶者居住権が優先されるのです。親子関係が不仲だったり、相続人に前妻の子や非嫡出子がいたりして、配偶者の暮らしが配慮されずに自宅を売却されてしまっても、法的には出ていく必要はなく、住まいを確保し続けられます。ただし配偶者居住権を利用する場合でも、遺留分については注意が必要です。
配偶者居住権は二次相続対策にも活用できる可能性が
配偶者居住権の目的は、図表2の例でも示したとおり配偶者の住まいとより多くの預貯金等の財産の確保ですが、副次的に二次相続対策としても活用できる可能性があります。これについては親子関係が良好なお宅の場合でも検討の余地があります。
前述のとおり図表2の例でいうと、一次相続で長男は配偶者居住権によって3000万円から1500万円に資産価値の下がった自宅不動産を取得することになり、その後、母親が亡くなると配偶者居住権は消滅するため、負担付き所有権の負担付きが外れて自宅は完全に長男のものになります。これによって、「父親→母親→長男」という形での二次相続での課税を免れ、1回の相続で長男は自宅を所有できることになります。しかも配偶者居住権の消滅により評価額が1500万円から3000万円に戻った(わかりやすく単純化しています)自宅を売却して、利益を得ることも可能になるのです。
ただし、この利益は消滅した配偶者居住権の贈与ではないかという議論もあります。国税庁の見解はまだ発表されていません。そもそも配偶者居住権については相続財産の分け方を示す民法の「相続法」の改正が先行し、相続税の取り扱いを示す「相続“税”法」の整備が未了で、配偶者居住権の評価の計算方法についても定まっていない状況です。ですから現段階では配偶者居住権を利用した相続対策には慎重に取り組む必要あります。また非常に複雑な制度なので、活用する際には、弁護士や税理士などプロの力を借りることが不可欠だとも言えるでしょう。
取材協力=志賀剛一
著者:萬 真知子