公式コラム事例から検証!相続の落とし穴

要件はかなり緩やか。 新型コロナウイルスによる「相続税の申告・納付期限延長」の適用

2020.07.06

著者:萬 真知子

新型コロナウイルスを理由に相続税の納付延長が可能に

相続税の申告・納付期限は、相続開始があったことを知った日(通常は被相続人が死亡した日)の翌日から10カ月以内に行うことと定められています。被相続人が1月1日に死亡した場合、申告・納付期限は11月1日となります。遅れてしまうと、そもそもの相続税にプラスして加算税や延滞税もかかるおそれがあるので期限を守ることは重要です。

ですが様々な事情により間に合わないケースも考えられます。そのため国税通則法という法律により、「災害その他やむを得ない理由」がある場合には、申請することにより期限の延長を認めてもらえることになっています。新型コロナウイルスなどの感染症を原因とする様々な影響も「やむを得ない理由」に当たり、申告・納付期限の延長措置がとられています。

「感染が怖いから外出したくない」も延長理由になる

具体的にどのような場合に申告などの延長が認められるのでしょうか。国税庁の「相続税の申告・納付期限に係る個別指定による期限延長手続に関するFAQ」によると、

●新型コロナウイルス感染症に感染した
●体調不良により外出を控えている
●平日の在宅勤務を要請している自治体に住んでいる
●感染拡大により外出を控えている

といった理由が挙がっています。「感染拡大により外出を控えている」を言い換えると、「感染が怖いから外出したくない」ということになるので、要件はかなり緩やかだといえます。上記以外でも例えば

●相続税の手続きを任せた税理士事務所が3密を防ぐために出勤する人数を絞っており、期日までに申告書を作成するのが難しい

といった場合でも該当すると考えられます。新型コロナウイルスの影響による理由であれば、たいていは認められるようです。

延長手続きは、申告書に延長申請の文言を記載するだけ

延長期間は「やむを得ない理由」がなくなった日から2カ月以内とされています。ただしその判断は緊急事態宣言の解除など客観的な基準によるものではありません。「感染が怖いから外出したくない」という理由であれば、その人が感染を恐れなくなった日から2カ月以内というように主観的な基準なので、2カ月以内という期限はあってないようなもの。申告書を作成・提出できるようになった時点で申告をすればいいということになります。

また、申告・納付期限の延長には事前の申請は必要ありません。相続税の申告書を書面で提出する場合には、右上の余白部分に「新型コロナウイルスによる申告・納付期限延長申請」という文言を記入すれば完了です。e-Taxで提出する場合には、「相続税の申告書等送信表(兼送付書)」の「特記事項」の欄に「新型コロナウイルスによる申告・納付期限延長申請」という文言を入力すればそれで済みます。

相続人全員分の申告をまとめて1通の申告書で行う場合には、上記の文言を付記して提出すれば、全員が延長を認められます。相続人が各々別の税理士に依頼して申告書を作成する場合は、各々が延長申請を行う必要があります。

申告書の提出日=相続税の納付期限であることを忘れずに

申告・納付期限の延長措置を利用するには注意点もあります。申告・納付期限という文言が示すとおり、申告書の提出日は同時に相続税の納付期限となります。納税が申告書の提出日より遅れると、延滞税がかかる場合もあるので要注意。申告書の提出日までに納税資金を準備しておかなければなりません。申告書の提出日の数日前に銀行などで振り込んでおくと安心確実でしょう。なお、延長後の納付期限までに納税資金を準備できない場合には、納税の猶予制度を利用するという方法もあります。

申告期限が要件となる税務上の特例を利用したい場合も注意が必要です。代表例が小規模宅地などの特例。被相続人の自宅などの土地を相続する場合に評価額を80%も減額できる特例なので、要件をクリアできるなら相続税対策としてぜひとも活用したい特例です。取得者の要件の一つに「被相続人と同居していた親族」というのがありますが、この親族は相続開始前から相続税の申告期限まで被相続人の自宅などに住み、宅地などを相続税の申告期限まで保有していなければなりません。

通常の申告期限は相続開始から10カ月後ですが、今回の延長措置を利用すると、延長した期間中も被相続人の自宅などに住み続け、保有も続けなければならなくなると考えられます。それを知らずに相続開始から10カ月たった時点で被相続人の自宅などを売却してしまうと、特例が受けられなくなるおそれがあります。これについては明文化されていないため、税理士や税務署にご相談することをお勧めします。

感染リスクを抑えながら相続税の申告作業を進めることも重要な注意点です。申告には戸籍謄本などの書類の収集が必要になりますが、役所の窓口まで出向かなくても郵送で取り寄せることもできます。遺産分割協議書は相続人全員が一堂に会して作成、署名・押印するものというイメージがあるかもしれませんが、メールや電話、オンライン会議などで内容を詰めたうえで書面を作成し、署名・押印は郵送で順繰りに行えば集まらずに済みます。

被相続人の財産の把握に時間がかかりそうなら「熟慮期間」の延長申請を

相続税の申告・納付期限の延長のほかにも、相続関連で延長できる手続きがあるので見ていきましょう。

一つが「熟慮期間」の延長です。相続の方法には「単純相続」「相続放棄」「限定承認」の3種類があります。単純相続は被相続人の財産も債務も全て受け継ぐ方法、相続放棄はいずれも受け継がない方法、限定承認は被相続人の資産の範囲で債務を受け継ぐ方法です。被相続人の債務が資産より多い場合には相続放棄、債務はあるがそれを上回る財産があれば限定承認を選ぶと相続人に有利に働きます。相続放棄や限定承認は相続開始があったことを知った日から3カ月以内に行うことになっています。この3カ月間のことを熟慮期間といいます。

3カ月という期間はそれほど長くないので、被相続人が新型コロナウイルスにより急死すると、熟慮期間中に財産の内容を把握しきれないことも考えられます。被相続人が新型コロナウイルス以外の理由で死亡した場合でも、相続人が新型コロナウイルスによる影響により、熟慮期間中に被相続人の財産を調べきれないこともあるかもしれません。

こうしたときの選択肢になるのが熟慮期間の延長です。延長するには相続開始後3カ月以内に、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てをします。以前からある制度ですが、新型コロナウイルスによる影響の場合も適用されます。延長期間は通常は3カ月程度ですが、今回はイレギュラーなケースなので、さらなる延長も考えられます。

準確定申告も延長可能

もう一つ、延長が認められるのが「準確定申告」です。準確定申告とは、年の途中で亡くなった人の確定申告のことで相続人が行います。被相続人が死亡した年の1月1日から死亡した日までに確定した所得金額と税額を計算し、相続開始があったことを知った日から4カ月以内に申告と納税をします。

ですが新型コロナウイルスの影響がある場合には申告・納付期限が延長できます。手続きの方法は相続税の申告・納付期限の延長と同様で、申告・納付できるようになった時点で申告書を作成し、申告書の右上の余白部分に「新型コロナウイルスによる申告・納付期限延長申請」という文言を記入するだけです。

大型台風や水害により被災した場合も延長の対象に

話を相続税の申告・納付期限の延長に戻しましょう。冒頭でも触れたとおり、相続税の申告・納付期限の延長は災害の場合も対象になる場合があります。直近では2019年10月に発生した台風19号により被害を受けたケースが延長の対象になりました。

全国的に幅広く延長対象となる新型コロナウイルスの場合とは異なり、災害の場合は指定地域に被相続人の住所地があるなどの要件が細かく定められます。近年では大型台風や豪雨によるものが増えているので、被相続人の住所地や財産が被災した場合には、延長が適用されないか確認する必要があるでしょう。


取材協力=税理士 福田真弓氏

著者:萬 真知子