公式コラム事例から検証!相続の落とし穴
賃貸経営が相続税対策に! メリット大だが落とし穴も……
2020.09.28
著者:萬 真知子
一定以上の資産を保有する層にとって、アパート・マンションなどの賃貸経営は代表的な相続税対策の一つです。預貯金で残すより賃貸住宅にしたほうが相続税評価額を下げられ、その結果、相続税の負担が抑えられるからです。
一方で賃貸経営には様々なリスクも伴います。最近の例でいうと、新型コロナウイルスの影響で賃借人の収入が減り、家賃収入が滞るケースが実際に起きています。アパートローンなどを組んで賃貸経営に乗り出した場合、ローン返済は賃料で賄うのが一般的なので、賃料収入がストップすると返済に苦しむことになりかねません。親世代が生きている間にこうした事態に見舞われると、親世代のその後のライフプランに支障が出ますし、子世代が引き継いだ後だと、やっかいな置き土産になりかねません。親世代が子世代のためによかれと思って行った相続税対策が、裏目に出てしまうことも考えられるということです。
新型コロナは不測の事態かもしれませんが、相続税対策として賃貸経営を検討するなら、自分自身、そして賃貸経営を引き継ぐ将来の相続人がなるべく苦しむことのないように、メリットとともに注意点も確認する必要があります。

賃貸住宅の相続税評価額の目安は 土地が実勢価格の4割減、建物は5割減
まず、どうして賃貸経営が相続税対策としてメリットが大きいのかおさらいしましょう。相続税対策として有効な理由は主に次の3つです。
①預貯金や自宅より相続税評価額が低くなる
②要件を満たせば「小規模宅地等の特例」の活用により、さらに相続税評価額を下げられる
③ローンを組んで賃貸経営をすると相続財産からローンを債務控除できる
①から順にお話ししましょう。相続財産の価値は相続税評価額というもので示されます。預貯金の相続税評価額は残高が1億円なら1億円のままとなりますが、土地・建物といった不動産の場合は換金が容易ではないため実勢価格よりも低い評価額となります。さらに自宅の場合より賃貸住宅のほうが相続税評価額は低くなります。
その一つの目安を示したのが図表1です。自宅の場合、土地の相続税評価額は路線価を基に計算し、一般的には実勢価格の80%程度となります。賃貸住宅の場合、土地は「貸家建付地」(貸家の敷地)に分類され、相続税評価額は自宅の土地の相続税評価額から一定割合を差し引いた金額となります。大体の目安でいうと路線価の79%となるので、実勢価格(100%)×80%(路線価による評価)×79%=63.2%(実際の計算式は図表1参照)。つまり賃貸物件の土地の相続税評価額は実勢価格より4割程度下げられるのです(あくまで目安。実際にはケース・バイ・ケースとなる)。

図表1 賃貸住宅の相続税評価額は低い
建物については自宅の場合、固定資産税評価額となり、新築時で建築価格の50〜70%程度になるのが一般的です。賃貸住宅の建物の評価額は、自宅の固定資産税評価額の70%程度となるため、建築価格(100%)×70%(固定資産税評価額)×70%=49%(実際の計算式は図表1参照)。賃貸住宅の建物の相続税評価額は建築価格の5割を下回るわけです(あくまで目安。実際にはケース・バイ・ケースとなる)。財産を賃貸住宅にすると、大きく相続税評価額を下げられることがお分かりいただけるでしょう。
上記について具体的な数字をあてはめてシミュレーションしたのが図表2です。2億円の預金が相続財産になると相続税評価額は2億円のままですが、それを土地1億円、建物1億円の賃貸住宅にすると8780万円も相続税評価額を低くすることができます。

図表2 相続税評価額のシミュレーション
小規模宅地等の特例が利用できるとさらに50%評価減に
②の「小規模宅地等の特例」についてはご存じの方もいらっしゃるかもしれません。自宅の場合、要件を満たせば土地の相続税評価額を80%減額できる非常に有利な特例です。この特例は賃貸住宅でも利用でき、前述の貸家建付地の評価減を行った後に、さらに評価額を50%引き下げることができます。図表2のシミュレーションでいうと、土地の評価額6320万円が3160万円になるのです。
ただし賃貸住宅の場合、特例が利用できる対象面積は200㎡まで。自宅の場合には330㎡まで利用できます。特例を自宅と賃貸住宅で併用することもできますが合計で200㎡までとなるので、自宅の土地の面積が大きい場合には自宅を優先して利用したほうが有利になるケースが多いでしょう。また、特例が受けられるかどうかの判定は複雑なので、必ず税理士さんに相談をすることをお勧めします。
③のローンの債務控除については、相続発生時にローンが残っている場合、残債を相続財産から差し引けるということ。控除が受けられる分、相続財産が減らせます。ただし債務者が団体信用生命保険に加入している場合は、保険金でローンが完済されるためこの限りではありません。
賃貸経営は一つの事業
ここまでで賃貸経営は相続税対策として非常に効果的だということがお分かりかと思います。確かにそうなのですが、相続税軽減だけに注目して賃貸経営に踏み切るのは危険です。押さえておくべき主な注意点は次の3つです。
①綿密な事業計画を立てる
②自分に合った管理形態を選ぶ
③維持・メンテナンスの費用を見積もる
賃貸経営は長く続くため一つの事業と捉える必要があります。相続人である子世代が引き継いだ後も確実に賃料収入が得られるように、建築前に綿密な事業計画を立てることが肝心です。建築予定の立地ではどんな年齢層・属性の人が住みたがるのか、それによって適正な部屋の広さや賃料も変わってきます。よく考えずに、とにかく部屋数が多ければ賃料収入も多くなるだろうと考えていては失敗しかねません。
管理形態も慎重に選ぶ必要があります。管理の全てを自分で行う自主管理という方法もありますが、コストが抑制できる半面、手間がかかるので、手数料を支払って管理会社に委託するケースが多いです。委託の方法には一般賃貸管理契約とサブリースがあります。一般賃貸管理契約は管理会社がオーナーの代理となって入居者と賃貸契約をし、管理業務を行います。一方、管理会社がオーナーから賃貸住宅を一括借り上げして管理するのがサブリースです。
一般賃貸管理契約の場合はオーナーと入居者がやりとりすることはありますが、サブリースの場合は一切を管理会社に任せることになります。したがって手数料はサブリースのほうが高くなり目安は家賃の10~20%程度、一般賃貸管理契約は5%程度。非常にざっくりいうと、手間をかけるかコストをかけるかの選択になります。実際に管理会社を選ぶときには複数の会社を比較検討することも必須です。
また、年月の経過とともに建物や設備が老朽化するため、維持・メンテナンスの費用を見積もり、どう確保するかも計画しておかなければなりません。
以上を検討することは難しいと思うかもしれませんが、そこはプロの力を借りましょう。相続税対策を考えるときには相続専門の税理士さんに依頼するかと思いますが、その際、賃貸経営を検討するなら、税理士さんに相談先になりそうな不動産管理会社や不動産コンサルタント会社を紹介してもらうことが一つの手になります。
子世代とよく話し合うことが望ましい
相続税の申告・納付期限の延長のほかにも、相続関連で延長できる手続きがあるので見ていきましょう。
もう一つ大事なのは将来の相続人である子世代と話し合いの機会を持つこと。財産の話を子供にするのは抵抗があるという人は少なくないでしょうが、子供側はたとえ相続税の負担が軽くなっても賃貸住宅の相続を望まないかもしれません。一方、親が上手に賃貸経営をしていれば、将来の副収入を得る手段として子供も賃貸経営に興味を持つことも考えられます。
いずれにしても親が元気なうちに話し合うことが大切。万が一、親が認知症になってしまうと親名義の財産は基本的に動かせなくなるからです。できるだけ早いうちに着手することをお勧めします。
取材協力=ファイナンシャル・プランナー 有田美津子氏
図表1、図表2は有田氏による資料を基に作成。
著者:萬 真知子