公式コラム先人に学ぶ正しい継がせ方

相続の巧拙で、経営力が決まる

2016.11.30

著者:日経BPコンサルティング

オーナー企業で、自社株の相続トラブルが増えている。
環境激変を背景に、株式集中の動きが加速しているからだ。
株式承継の停滞は、会社の発展を妨げかねない。

最近、株式相続を巡る争いが頻発している。関西に本社を構えるある食品店チェーンでは、さわやかなブランドイメージとは裏腹に水面下で相続トラブルを抱える。

この会社の社長は創業者の死に伴い、株を母や兄弟と法定相続した。だが、母が亡くなれば再び相続税がかかる。業績が低迷し、株式評価額が低い今のうちに譲ってもらおうと母に頼むが「創業者を支えてきた私を追い出すのか」と猛反発された。これが引き金となり、同数の株を持つ兄弟とも対立。決着には時間がかかりそうだ。

なぜ今、創業家の相続争いが増えているのか。それは企業経営にオーナーシップが強く求められるようになったからだ。

オーナーシップの時代

「株が分散し、社長が重要事項を即断できない組織では、変化の時代を生き残れない」「オーナーシップが変革期には不可欠。長期的なビジョンを掲げ、サラリーマン社長と比較にならない強烈な覚悟で経営できる」。中小企業経営に詳しい識者はそう話す。

オーナーシップの必要性は、誰よりも経営者自身が感じている。ゴム、プラスチック部品の販売会社を経営するA社長は大胆な業務改革を進め、リーマン・ショックを乗り切った。「私の持ち株比率はほぼ100%。後に憂いのない自分の会社なので思い切り采配を振るえた。厳しい局面で外部から口を挟まれることがないのは、救いだった」。

A社長の父は生前、子供2人に平等に株を分け与えようと考えていた。だが「株の分散はトラブルの火種になる」と病床の父を説得し、A社長の妹には、株以外の財産を相続することで落ち着いたという経緯がある。

時代が要請するオーナーシップを担保するには、経営者に株を集中させなければならない。株主総会の特別決議で重要事項を通すには3分の2以上の株が必要だ。民法は相続の平等を規定しているが、実際の企業経営となると話は別。「理想は100%保有」と事業承継の専門家は口をそろえる。

だが、株式集中は慎重に進めなければ関係者のあつれきを生む。ある専門家は「創業社長ほど株式承継の準備をおろそかにする傾向が強い」と指摘する。株を100%近く持っている創業者は持ち株比率の大切さがよく分かっておらず、事業承継のことばかりを考えがちだという。

経営者のジレンマ

言うまでもなく、株式承継を難しくしているのは高い相続税だ。現行は10~55%。中小企業庁の調査では、中小企業経営者の約2割が「相続税額は5000万円以上」と予想する。1億円以上を想定する経営者も1割近い(2006年「中小企業の事業承継の実態に関するアンケート調査」)。

そこで贈与税の非課税枠を使って後継者に贈与する経営者が多いが、わずか年間110万円の非課税枠では、5000万円分の贈与に50年近くもかかってしまう。

後継者に株を集中させたいが、相続税の負担を軽くするには後継者以外にも株を分散せざるを得ないという経営者のジレンマが、ここにある。

相続税対策の王道は2つだ。

1つは業績が悪いときに一気に株を後継者に集めること。株式評価額は利益額や純資産額などを基に算出されるからだ。このタイミングを見計らい、社長の持ち株を後継者に渡したり、親戚などが持つ株を買い集めたりする。

もう1つは経営者が普段から高い報酬を受け取り、しっかり溜めておくこと。これを納税資金に充て、後継者への株式集中を進める。また、後継者以外の子供に分け与える財産としても使う。

いずれにせよ、経営者自身が元気なうちに株式承継のめどを付けることが重要だ。「亡くなってからではいろいろな関係者が意見を挟んできたり、株を手放すのを拒んだりして、後継者が株を掌握するのが困難になる。トップが目の黒い間に周囲を抑え、断行したほうがいい」と専門家は語る。

株式承継を円滑に進められるかどうか。これからの時代は、その巧拙が会社の発展を大きく左右するだろう。

※『日経トップリーダー』2013年2月号の特集「今から始めるオーナー社長の相続」をもとに再構成

著者:日経BPコンサルティング